軍部の仕事

 併し之を軍部の仕事と思ったのは日本の迂濶な閣僚達だけではない。肝心な唐次長が、軍部の意向を聴取するために、南京へ帰京する予定を延ばして、在上海の日本武官を訪問して歩いた。特に磯谷少将は蒋介石氏直参と称される張、陳、両氏との三時間に渡る会見に於て、支那の不心得を懇々と説いたと新聞は報道している。無論...

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チャハル問題

 チャハル問題が一段落ついたのは六月二十五日だった。処が一週間の休憩をおいて、七月二日になると、舞台は今度は上海に移って『新生』という中国の雑誌の不敬事件なるものが発生したのである。この雑誌に不敬な文章が載って発表されたというのであるが、その文章の内容に就いては知り得ないし、又吾々庶民は知るべきでも...

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日本軍部が目的とした処

 日本軍部が目的とした処は、そんな独立運動などではなくて、単に全く日、満、支三国間の平和そのものにしか過ぎず、又その一部分としての北支一帯の和平に他ならぬ。つまり北支一帯に於て、一種の緩衝地区[#「緩衝地区」に傍点]とも云うべき安寧秩序の確保された地域が実現されることだけで満足するものに他ならなかっ...

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