日満的パックス・ローマナ

 処がまだまだ、この日満的パックス・ローマナには他に問題があったのである。満州帝国の辺境を侵すものは純然たる支那兵とは限らない。ソヴェート治下の外蒙古軍まで、越境の沙汰に屡々及んだことは周知の通りなのである。ハルハ地方の外蒙兵越境事件に就いて満州帝国が外蒙古と交渉中の処を、又々ハイラステンゴールに於...

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北支問題

 一体北支問題は、広田対支外交に基いて日支経済提携が成り立ちそうになった丁度その時に、不幸にして突発したものだった。吾々は折角出来かけた東洋平和の基礎が、際どい処で覆されたと思って失望したのだが、併し雨降って地固るの喩えもある通り、外務省式の二階から目薬的な日支親善の代りに、北支事件の結果成功しそう...

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軍部の仕事

 併し之を軍部の仕事と思ったのは日本の迂濶な閣僚達だけではない。肝心な唐次長が、軍部の意向を聴取するために、南京へ帰京する予定を延ばして、在上海の日本武官を訪問して歩いた。特に磯谷少将は蒋介石氏直参と称される張、陳、両氏との三時間に渡る会見に於て、支那の不心得を懇々と説いたと新聞は報道している。無論...

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