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インテリ文学的「不安」

 こうしてインテリ文学的「不安」はケシ飛んだ。こんな不安は実は不安でなくて却って一つの安心であり、一つのポーズに過ぎなかったことに気がついたと同時にその時夫に代ってインテリを襲ったものは現実界の現実的な不安なのである。肉体保護上の不安、政治的不自由の不安等々なのだ。だが言うまでもなくこの社会的不安[...

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不安の二種類

[#1字下げ]6 不安の二種類[#「6 不安の二種類」は中見出し]

 二・二六事件が何かの意味で、進歩的な役割を持っているものだ、という考え方は今日、色々の形で現われている。無論この事件の当時者が考えているような意味で之が進歩的だとする考えは、論外としよう。これを除いて残るものは第一に、この事件当...

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二つの立場のいずれを採用するか

 二つの立場のいずれを採用するかは、だから少なくとも「為政者」の壇場に立つ限りに於ては、原則的にはどっちでもいいことであって、その確率は恐らく半々であるかも知れない。その確率とはつまり資本制を発展させ得る(即ち又させ得ない)確率のことだが。 して見ると、この二つの立場は、云わば強気と弱気とのような...

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