不安の二種類

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 二・二六事件が何かの意味で、進歩的な役割を持っているものだ、という考え方は今日、色々の形で現われている。無論この事件の当時者が考えているような意味で之が進歩的だとする考えは、論外としよう。これを除いて残るものは第一に、この事件当事者の「革新」という目的が、実は社会改革そのものの目標と終局的には一致するので、ただ彼等は単に之を歪んだ不完全な形で唱え出し又やり出したに過ぎないという解釈だろう。併し事件当時、都市の労働者は云うまでもなく、連中のイデオロギーが当然当てにして然るべきであった農民も、それからこうした事件にはとかく騒ぎまわりたがる市民達も(主に小市民なわけだが)、極めて冷淡であったことは、世間が斉しく認めている処だ。之がだから少しも大衆運動でも何でもなかった証拠で、大衆の下からの要求は進歩的だったのに、之を代表する上部の活動分子が偶々歪められた形のイデオロギーと活動とを取ったのだ、という具合には説明出来ない現象なのである。 尤もそれにしても表面上の名分だけでも、露骨な形の運動が社会的な承認を得ないことになったのは、とに角一応喜ぶべきことだが、併し之は事態の進歩ではなくて、単に退歩の防止ということにすぎぬ。 だがこの事件は意外な処に、一種進歩的な(?)役割を演じている。民政党の一代議士の議会に於ける整然たる質問演説によると、この事件に臨んで国民はいずれも「憤慨」したものだという。併し実を云うと、憤慨どころではなく驚いて了ってシッポをまく用意をすることを、季節に適した物の判りのよさだとした者の方が、多かったに違いない。けれども夫と同時に、この事件によって初めて眼が醒めた国民も亦非常に多かったと思うのだ。と云うのは、どこかの国の伝説かおとぎ噺しでしかないように思っていた処の、自称進歩的なインテリやリベラーレンは、この事件で初めて我に還ったのである。こういうことも可能なのだということが、本当の意味で、眼と耳とで、初めて判った。嫌というほど予備知識を持ち回りすぎた連中さえ多分この時初めて判ったのだから、そうした予備知識を信用しなかったり全く知らなかったりした連中が、事件の発生した日の内に、この事件の現実味を呑み込むことが出来なかったというような場合も、きっと少なくはなかったろうと思う。 処で不安が、社会不安や資本主義的矛盾の一反映だというような見解は、単に公式的なものに過ぎなくて、不安は実は人間存在の本来的な条件なのだとか、不安こそ文学の本質なのだという、小ざかしそうな口を利いていた連中ばかりではない。不安は社会的なものではなくて個人や自我のものだというような考え方を覚えた方が偉いと考え出していた連中も、少し気のつく人間は、この時ハット気が付いたのだ。矢張り現実というものがある、と思いかえしたインテリ・リベラーレンは少なくないようだ。

— posted by id at 01:20 pm  

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