膨張する日本

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 世間が北支問題に絶大な関心を寄せた理由は、よくよく考えて見ると結局、それが日本とどこかの国との戦争へ導きはしないかという惧れからだった。所謂現地にいるのでもなければ出先意識も持っていない処の普通一般の日本人は、北支那に於ける諸勢力の不埒な排日排満の動きを直接目にしているわけではないから、排日排満の方は余りピンと来るとは限らないので、それより直接心配になるのは国家総動員式な戦争なのである。何より貴重な日本人の生命が大量的に失われたりして而も自分自身もその大量中のあるか無いかの一粒に化しはしないか、という心配なのである。之は云うまでもなく極めて下根な心配であるが、又ごく有態の心配であって、之が直接心配にならぬと云う人間は、余程の嘘つきだろう。そういう人物は万事信用のおけない人間で、公明正大な日本人の風上にも置けない人間だ。 尤もどうしても必要な場合には、国家のため命を捨てることは必要でもあるし道徳的なことでもあるが、併し国家自身が折角、そういうことになるべくならぬように、万事を犠牲にしてまで莫大な国防費を費しているのに、それが戦争になりましたでは、全く国家に対して申し訳のない話しだろう。世間の普通一般人が戦争を惧れるということの内には無意識の中にそういう忠良な意味が含まれているのである。 だが幸にして北支問題は戦争へは導かなかった。よく考えて見ると、導く筈もなかったし、導き得るものでもなかったのである。中国中央軍と党部とが河北省を撤退するという中国側の最後の解答によって、日本軍部側の対支要求は都合上全部容れられることになって、ここに河北省をめぐる限りの北支問題は一段落となったわけである(一九三五)。中国国民もそうだろうが、吾々日本人も(軍需工業や戦争に特別な利益を感じる商売人は除いて)之で一まずホッとしたと云っていい。 アメリカやイギリスの一部の世論には、この北支問題を目して北支独立に導く心算ではないかと憂えた向きもあったようだ。だがそういうことは云うまでもなく無意味なデマに過ぎない。一体そんなに容易に一つの国が独立出来るものと考えるのが間違いの元で、満州がなぜ独立出来たかと云えば、それは満州人種の「三千万民衆」の切々たる懇望に基いたからこそであった。処が北支那の民衆の切々たる懇望は何かというに、却って不埒にも排日排満の形を取って表面に現われたものだったのである。之では仮に独立国が出来ても、満州国に対立するための独立国にはなっても、満州の友邦としての独立国になる筈はない。何のために日本がそんな独立国のために力をかすだろうか。

— posted by id at 01:09 pm  

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