明治維新以来の官僚の役割

 明治維新以来の官僚の役割は、殆んど日本独特のものと見ていいだろう(ドイツは割合この点、日本に似た処を有っている)。ブルジョア急進主義や自由民権論に対して闘わなければならなかったのはいつもこの官僚であった。憲法発布後大正の半ばに至るまで、所謂政党内閣は出現しなかった。官僚と軍閥(之も亦一種の官僚と考えることが出来るが)との所謂非立憲内閣が大正七年まで続いてから、初めて原総裁による政友会内閣が現われたという次第だ。 併し官僚の役割の大きさはいつも同じだったのでは無論ない。「官尊民卑の弊」は、日本の資本主義がブルジョアジー自身の足による一人立ちが出来るようになるに従って、次第に衰えて来る。官僚は段々と元来のただの官吏にまで、単なる行政技術家にまで、他動的で非人間的でその癖横柄で繁文縟礼的な単なる事務の機械的な執行者にまで、萎縮して了った。最近までの官僚は名は官僚でも専門知識を欠いた素人どもの政治家にコヅキ回されていた俗吏に過ぎなかった。――処がこの政治家自身の社会的信任が、所謂ファッショの波によって近時急に洗い去られるに及んで、立ち直り始めた官僚が例の新官僚だったのである。だから新官僚の発生は明治維新式な一種の王政復古の現象なのである。之は日本型ファシズムが遠く明治維新に由来を持っているという事実を物語っている処の日本型ファッショの一翼を意味する処の存在である。そしてこの点、軍部(之又特別の来歴と特別な権力根拠とを有った一種の官僚である)に就いても亦、同様に考えるべきものがあるのである。[#地から1字上げ](一九三五)[#改段]

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