新官僚の内閣審議会

 併し注意すべきは、この所謂新官僚の内閣審議会が、政党と資本家とへの渡りは相当円滑に行なったと見做されるにも拘らず、軍部だけは之に対して積極的な参加を与えなかった。軍の統帥に関する問題は普通の行政とは違って所謂官僚(文官)や政治家が口を入れることが出来ない建前になっているからでもあるし、又予算編成と予算要求の上から云って行政費と軍備費との均衡を保つことを建前とするだろう内閣審議会に、軍部自身の代表者を送っておくことは軍部にとって決して有利ではないからでもある。つまり軍部は審議会の外部に立って之を牽制しようと云うのである。だからこの点から見ても、所謂新官僚は軍部と一応対立関係に立つわけなのである。 だが軍部も新官僚(一般に官僚)も、云うまでもなく終局に於ては同じ目標に向かって進みつつあることは忘れられてはならぬ。両方ともファシズムという言葉を好まず、ファシズムなるものを排斥さえするが、そういう言葉の問題を離れて両者が目標とする一致点は明らかだと云っていい。例えばかつて軍部も新官僚一派も農村問題という特別な形態の問題の解決を何より重大な殆んど唯一の社会問題と考え、又は少なくともそう喧伝する点に於て、全く一致していた。ただ国家の予算を立てる段になると、その精神[#「精神」に傍点]に於てはそうでないに拘らず、ただ技術的[#「技術的」に傍点]にだけは対立関係に立つことになるに過ぎない。外国新聞などが真《ま》ことしやかに伝えているらしい外務省当局の方針(当時の広田外相も新官僚のスターである)と軍部(少なくとも駐屯地出先軍部)の方針との対立とかいうものも、やはり右のような形のものに他ならないだろう。新官僚は軍部のように〔積極的〕でないことは本当だが、それだけ又落付き払った日本型ファシズムの指導者である事を見落してはならぬ。 新官僚なるものは偶々、官僚が他の社会勢力への関係を自分の方から積極的につけようとすることから必然的に取らねばならなかった新しい形態に過ぎないので、新官僚が如何に有力なファシストであろうと、云うまでもなく新官僚だけでこの日本をどうしようと云うのでもなく、又事実どう出来るものでもない。

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