軍部の大きな実際勢力

 処で、この風景を打ちながめるに就いてすぐ様注意を奪われるのは、まず第一に所謂右翼団体の存在と活動と、それから軍部の大きな実際勢力とだろう。尤もこういう人間の集りの動きよりもそういう人間達を蔭から一定のギャップを越して動かしている資本という物質の見えない力の方が、注意の目標に本当はならなければならないのであり、従って同じ人間の動きでも資本家の動きなどの方が終局的な目標として興味があるのだが、併しこの目標もこういう人間の社会的な動きを屈折して、初めて具体的に知ることが出来るのだから、やはり何より軍部と民間の右翼団体(今では右翼労働組合も含めていい)とは重大な問題だ。併し之と並んで官僚[#「官僚」に傍点]の勢力も亦之に大して劣らない重大さを持っているのである。所謂新官僚[#「新官僚」に傍点]は日本型ファシズムの新しい段階を代表するものだとさえ云われている位いだ。 官僚というものが何を意味するかは後にして、所謂新官僚という観念は岡田内閣の成立当時から人の口に上るようになった。世間の噂さによると、その前の斎藤内閣が辞職する数カ月前にすでに後継内閣の首班は岡田大将に決定していたのだそうだが、愈々岡田大将に大命が降下するまでは、殆んど凡ての新聞記者さえが夫を想像することさえも出来なかった。あまり秘密裏に行なわれた意外な現象だったので、政権を横取りされたような気持ちになった政党政治家達が、之は国維会という官僚のブロックの陰謀と策動が成功したものだと叫び、この新しく政治的権力を掴み始めたらしい官僚の精鋭をば新官僚と名づけたわけである。斎藤内閣時代に五相会議という閣議内の特別閣議に於て、時の陸相荒木大将と呼応して大いに名を挙げた農村主義者のファシストとも見做していい後藤農相が、岡田内閣で一躍内務大臣の重職に就いたことが少なからず新官僚の観念をあおったことも事実だろう。無論、後藤内相は国維会の最も有力なスターの一人だったのである(但し後に国維会は表面上解散した)。 その当時喧しくはやし立てられた内閣審議会はこの後藤内相の腹案によると云われている。之は各省の有力な要職にある官吏を集め、之に実業界のブルジョア代表や政党の代理人を加え、更に民間からつれて来た各種の技能ある専門家を配そうと称するもので、特にそれに属する内閣調査局は官吏だけで固めた新官僚の溜りの観を呈する。国策は大体ここで専門家達の手によって決定されて、議会では素人代議士どもがただ之に賛成さえすればいいという結果にならないとも限らないから之は政党政治の甚だしい制限となり、官僚の政治的支配の機関となる、ということになる。だから内閣審議会は新官僚による政治支配の新設機関で、新官僚によるファシズムの武器だということになる。特にこの審議会で、各種の統制経済政策が確立されるとなると、経済的な理由から云っても、之はファシズムの武器だということになる。

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